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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5068号 判決 1979年2月19日

原告 小松昭

右訴訟代理人弁護士 辻誠

河合怜

福家辰夫

中井眞一郎

小山出来雄

右訴訟復代理人弁護士 菅原憲夫

被告 興成理工株式会社

右代表者代表取締役 林敏生

右訴訟代理人弁護士 長谷則彦

主文

1  被告の原告に対する東京法務局所属公証人寺尾樸栄作成昭和四八年第二〇八〇号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は許さない。

2  当庁昭和四九年(モ)第九四七八号強制執行停止申立事件について、当裁判所が昭和四九年七月二六日なした強制執行停止決定は認可する。

3  前項につき、仮に執行することができる。

4  原告の被告に対する別紙債務目録記載の債務が存在しないことを確認する。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文1、4、5項同旨の判決

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原被告間には、被告を債権者、訴外株式会社ユニ(以下「訴外ユニ」という。)を債務者、原告を連帯保証人とする東京法務局所属公証人寺尾樸栄作成昭和四八年第二〇八〇号債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在し、右の公正証書には、

(一) 訴外ユニは、被告より昭和四六年三月二七日から同四八年四月一六日までの間に九回にわたり借受けた債務の元利合計額が昭和四八年七月二五日現在金一億四四〇〇万円となることを確認し、これを、元金は昭和四八年一〇月二五日かぎり一括して弁済し、利息は年一割五分とし毎月二五日かぎりその月分を支払うこと。

(二) 訴外ユニが利息を期限に支払はないときその他の場合には、期限の利益を失い直ちに元利金を皆済すること。その際は、一〇〇円につき日歩八銭二厘の割合による損害金を支払うこと。

(三) 原告は、本契約による訴外ユニの債務を連帯して保証し、前記債務を弁済しなかったときは、直ちに強制執行を受けることを認諾する。

との記載がある。

2  しかしながら、原告は被告との間に本件公正証書に記載されたような連帯保証契約を締結した事実はない。

3  また、本件公正証書は、訴外宮崎鶴義が原告の代理人と称して作成を嘱託したものであるが、原告は右宮崎に対し、右公正証書の作成を委託し公証人に嘱託をするための代理権を与えたことはない。

4  したがって、本件公正証書は原告に対して何らの効力を生じないものであるから、その執行力の排除を求め、かつ、原告の被告に対する別紙債務目録記載の債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実は認めるが、同2、3の事実は否認する。

三  抗弁

1  被告は、昭和四六年五月末ころより同四八年四月一六日ころまでの間に別紙第一表「貸付金一覧表」記載のとおり合計金一億三〇〇〇万円を訴外ユニに貸付けた。ただし、被告会社は昭和四七年五月一三日設立されたものであって、その以前は訴外林敏生個人の貸付けであり、これを会社設立後被告会社において承継したものである。

右貸付につき利息は当初月五分の割合であり、昭和四八年七月二五日現在の約定利息のうち金三二五〇万円が未払いであり、したがって、右同日現在の被告の訴外ユニに対する貸付金元本及び未払利息の合計額は金一億六二五〇万円となるが、訴外ユニの申出により未払利息を一部減額して右同日現在で元利合計額を金一億四四〇〇万円とし、右金額について本件公正証書が作成された。また、本件公正証書を作成するとき、同年七月二六日以降の利息を年一割五分の割合に減率した。返済期日はいずれも当初一か月後であったがその都度延期し、最終的には本件公正証書作成のとき昭和四八年一〇月二五日と定め、また、同年一〇月二六日以降の遅延損害金を日歩八銭二厘の割合と定めた。

2  そして、原告は、その義弟である訴外岩間敏男の請を受けて、昭和四八年四月ころ、訴外ユニのため、右ユニの債権者に担保として提供する目的をもって、その所有不動産の権利証(以下「本件権利証」という。)、印鑑証明書数通、受任者欄及び委任事項欄をいずれも白紙とした委任状数通を、右岩間を通じて訴外ユニに交付した。これによって、原告は、岩間または岩間の知り合いの会社である訴外ユニが選定する者に対し、同原告を代理し、ユニの債務を担保するため、同原告所有にかかる本件権利証表示の不動産をユニの債権者に担保として提供する権限を与え、また、右の者に対し、ユニの債権者との間において、原告を代理してユニの債務を連帯保証し、公正証書の作成嘱託を行う権限をも与えていたものである。

3  その結果、訴外ユニが原告の代理人として選定した訴外宮崎鶴義が原告の代理人として、昭和四八年七月二五日、被告との間で前記の貸付金債務について連帯保証契約を締結し、本件公正証書の作成嘱託をなしたものである。

4  仮に、前項の主張が認められず、訴外宮崎鶴義による本件連帯保証契約締結及び公正証書作成嘱託の代理行為が、前項の代理権の範囲を超えるものとしても、被告は同訴外人に右代理行為を行う権限があると信じ、そう信じたことは次の通り正当理由があるから、同原告は民法第一一〇条に基づき責任を負う。

5  正当理由となる事情は次のとおりである。

(原告側の事情)

(1) 郵便局長という金融に関連のある職務の社会的に高い地位にあること。

(2) 委任状、印鑑証明書及び権利証を交付したこと。

(3) 右委任状は受任者欄、委任事項欄とも白紙であり、しかも委任状、印鑑証明書とも複数通数であること。

(4) また、右権利証は原告の自宅のある部分を除いた原告所有土地の大部分を含み、その地積は合計約一〇〇〇坪、当時の時価にして四、五億円を下廻らないこと。

(5) 原告は、これらの使途、授権範囲を明確にするための策を何ら講じなかったこと。

(6) これらを、訴外ユニの取締役でありユニ、訴外川上と緊密な関係にあり、ユニの金融面に協力していた訴外岩間を通じてユニに交付したこと。

(7) 岩間は原告の義弟であること。しかし、原告から無断でこれらを持出すことができる立場にはないこと。

(8) 原告一族の多くの者が、同様に白紙委任状、印鑑証明書等を訴外ユニに交付していたこと。

(9) 高額の謝礼を約束され、その後現に受領したこと。

(10) 被告会社代表者、訴外李柄守等複数の債権者よりの問合わせに対して、右交付の事実を確認していること。また、被告会社代表者より連帯保証人となって公正証書を作成する旨の電話に対し、それを承諾する旨回答したこと。

(被告会社代表者側の事情)

(11) 被告会社代表者は、(8)の事実を知っており、現に、約二年前より原告の一族である菊池喜久子、岩間久二子名義の不動産等を訴外ユニより担保として提供を受けており、ユニの取締役岩間敏男を媒介とする原告一族とユニとの緊密な関係に疑問をはさむような事態が一度もなかったこと。

(12) 川上及び岩間より、(1)(2)(3)(4)(6)(7)の事実を知らされ、また自ら見聞または確認した結果、原告は右菊池等と同様に岩間を通じて訴外ユニと緊密な関係にあり、原告の地位、資産力およびユニに交付した権利証の内容等からして、原告が右菊池等以上にユニの金融面を強力に助力し、すべてをユニに委ねているものと信じたこと。

(13) 債務者である訴外ユニの指示により、原告の不動産を担保にして多摩中央信用金庫日野支店に金銭の借入れを申し込んだが、希望の金額の借入れが実現しなかったため、さらにその後ユニの指示に従い、ユニ及び原告との間で本件の連帯保証契約を含む債務弁済契約を締結し、公正証書の作成嘱託に及んだものであること。

(14) それまで訴外ユニの提供してきた担保に問題が一度もなく、また、本件についても以上の経過どおり疑問を感じるべきことがなかったこと。

(15) 岩間に対して、電話で、原告の委任状等を受領したことを告げて、同人より原告による右委任状等の訴外ユニへの交付の事実を確認し、かつ、同人より原告の信用に関する事項や電話番号を教わったりしたこと。岩間に対しては、前記金融機関に借入れを申し込むに際してもその旨を電話で告げて了解を得ており、また、公正証書作成後もその旨知らせていること。

(16) 原告に対して、委任状等受領の直後及び公正証書作成の直前の二回、電話で委任状等交付の事実を確認し、かつ、公正証書作成についての了解を得ていること。

以上(1)ないし(16)の事情よりして、被告会社代表者が訴外宮崎に前記の権限ありと信じたことには正当理由があり、被告会社に過失はない。

6  超過利息の元本充当

(1) 被告会社は、訴外ユニに対し前1項の貸付けを行う際、いずれも一か月分の利息合計金六五〇万円を天引し、またその後昭和四八年七月二五日までの間に合計金三八九一万五一三円の約定利息を受領した。

(2) 右天引利息に利息制限法第二条を適用し、右天引利息のうち、それぞれ受領額を元本として同法第一条第一項の制限利率により計算した金額合計金一五三万四六九七円を超過する部分合計金四九六万五三〇三円を元本合計金一億三〇〇〇万円の支払いに充当すると、残元本は合計金一億二五〇三万四六九七円となる。

次に、右受領済約定利息合計金三八九一万五一三円のうち、右残元本を元本としてそれぞれ同法第一条第一項の制限利率により計算した金額合計一五九六万一九〇七円を超過する部分金二二九四万八六〇六円を右残元本の支払いに充当すると、更に残元本は金一億二〇八万六〇九一円となる。

右計算の明細は、別紙第二表「制限利息の計算表」及び同第三表「約定利息およびその受領済額の計算表」記載のとおりである。

なお、右計算上の誤差を考慮し、端数を切り捨てると右同日現在の貸付元本残額は金一億二〇〇万円となる。

(3) よって、被告会社が訴外ユニの連帯保証人である原告に対して現在有する債権額は、貸付残元本金一億二〇〇万円及び右残元本に対する昭和四八年七月二六日から同年一〇月二五日まで年一割五分の割合による利息金三八五万円、並びに右残元本に対する同年一〇月二六日から完済まで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は不知。

2  同2のうち、原告が被告主張の権利証、委任状及び印鑑証明書等を原告の義弟である訴外岩間に手交した事実は認めるが、その余は否認する。原告が右書類を右訴外人に手交した趣旨は、これらの書類を足立信用組合に五〇〇〇万円の融資の担保として預託することを承諾したうえで、これを右組合に持参するという事実行為を右訴外人に委託したにすぎない。原告は、訴外岩間その他何人にもなんらの代理権を付与したものではない。

3  同3は否認する。

4  同4、5の表見代理の主張については争う。

原告が委任状、印鑑証明書、権利証等を訴外岩間に手交した事情は、前記2のとおりであり、右委任状の交付先は足立信用組合であって訴外宮崎はなんらの代理権をも有するものではない。

5  仮に、訴外宮崎に原告を代理すべきなんらかの権限ありとしても、被告には重大な過失があり、右訴外人に原告を代理すべき権限があると信じたことに正当な理由があるものとはいえない。

被告の述べるところによってみても、被告自身訴外ユニが原告の権利証等を利用して他から金融を受けるであろうことを了知していたものであり、このように原告の不動産が他に担保提供されたうえさらに原告が被告のため金一億四〇〇〇万円もの連帯保証を承諾するなどということは通常であれば信じえないところである。したがって、被告としては原告に面談のうえことの真偽を質すべきであるのにこれを怠っている。

6  公正証書作成嘱託の代理行為については、表見代理の法理は適用されないというべきであり、被告の主張はこの点においても理由がない。

7  同6のうち(1)は認め、利益に援用する。

同(2)、(3)のうち、被告の計算方法によるとその主張の結果となることは争わない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず抗弁2について検討する。

1  抗弁2のうち、原告が本件権利証、原告の印鑑証明書、受任者欄及び委任事項欄をいずれも白紙とした原告の委任状等を原告の義弟である訴外岩間に手交した事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が右の書類を右訴外人に交付し、これを被告が取得するに至った経緯について考察する。

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告会社代表者訴外林敏生は昭和四六年五月ころ知人である訴外宮崎鶴義の紹介で訴外ユニの代表者訴外川上泰子と知り合った。当時訴外ユニは、不動産売買取引等を営業としていたが、たまたま訴外鎧商事株式会社から金融を受けるについて担保として提供していた訴外菊池喜久子(同女は、訴外ユニの取締役訴外岩間敏男の妻久二子の妹に当たる。)所有の不動産を取戻すために必要な資金の融通方を訴外林に請うた。そこで、訴外林は同年五月末ころ訴外ユニに右資金として金八〇〇万円を貸付け、以降昭和四八年四月一六日ころまで別紙第一表「貸付金一覧表」記載のとおり合計金一億三〇〇〇万円を訴外ユニにその営業資金として貸付けた。その間、昭和四七年五月一三日被告会社が設立されてからは被告会社が貸付け、右日時以前の訴外林が貸付けた分についても被告会社がその権利の譲渡を受け、訴外ユニはこれを承諾した。

(二)  被告が前記のように訴外ユニに貸付けをするについては、訴外菊池喜久子所有の前記不動産や訴外岩間久二子所有の不動産を担保として提供を受けていたものであるが、昭和四八年四月はじめころ、訴外ユニの代表者川上よりすでに差入れてある前記担保物件を原告所有の不動産と差換えたうえ更に金一五〇〇万円を追加して借受けたい旨要請された。そこで、被告は原告所有の右不動産を担保に金融機関より訴外大地産業株式会社名義で融資を受け、その一部を訴外ユニに貸付けようとし、そのころ訴外川上より本件権利証、数通の原告の印鑑証明書、委任状(委任状には、原告の住所、氏名の記載並びに押印がなされているのみで委任事項は白紙であった。)の交付を受け、訴外ユニの社員の案内で現地を見分し、訴外多摩信用金庫日野支店に前記訴外会社名義での融資の申込をした。しかし、被告の希望する額の融資が受けられそうにもなかったので、右融資の手続は取止めとなった。

そうこうするうち、同年五月ころ被告は訴外川上より、自分の方で他の信用金庫より融資を受け被告に対する借入金を同年六月一五日までに返済するから原告の前記権利証を返還してもらいたい旨請われ、これを了承して権利証を訴外川上に渡した。その後、同年六月一一日ころ訴外川上の請いにより右約定の返済期は同年七月二五日に延期され、さらに同様にして同年八月二五日に延期されるに至った。なお、右のとおり返済期が同年七月二五日に延期された際、被告と訴外ユニ間で訴外ユニの債務の元利合計額を金一億四四〇〇万円とすることに合意された。

(三)  ところで、前記のとおり返済期日が八月二五日に延期されたのは同年七月二二日ころであるが、その際被告よりの申出により、訴外川上は訴外ユニの前記債務に関し被告との間でその弁済契約の公正証書を作成することを承諾した。そして、その際訴外川上の委託により訴外宮崎鶴義が原告の代理人として、被告との間で訴外ユニの前記貸付金債務について連帯保証契約を締結し、すでに被告において預り保管していた原告の印鑑証明書、白紙委任状を利用して、同月二五日訴外ユニ及び原告の代理人として東京法務局所属公証人寺尾樸栄に公正証書の作成を嘱託し、その結果本件公正証書が作成されるに至った。

(四)  しかしながら、原告が前記権利証、印鑑証明書及び委任状を訴外岩間に手交した事情は、次のとおりである。

(1) 訴外岩間敏男は、昭和四六年三月末ころ訴外川上に請われて訴外ユニの債務の担保にあてるため、訴外菊池喜久子より同人所有土地の権利証を借受け、同人の印鑑証明書、委任状等の交付を受け、これを訴外川上に手渡すなどして訴外ユニの資金獲得に協力してきた。

(2) 訴外岩間は、訴外菊池よりの強硬な請求により訴外川上よりさきに同人に預けた前記権利証を取り戻したが、そのころ訴外川上より訴外ユニの営業資金獲得のため担保として訴外岩間の妻久二子の兄である原告所有の不動産の提供を受けたいと持ちかけられた。そこで、訴外岩間は、昭和四八年四月ころまずその妻久二子を通じて、その後自ら直接原告に対し、自分の友人の経営する会社が地下足袋を購入するための資金として金五〇〇〇万円を足立信用組合から借入れるため原告が現に居住する場所の裏の土地約三二〇坪の権利証を借り受けたいこと、右権利証は足立信用組合に三か月間預けるだけで登記はしないこと、その謝礼として金四五〇万円を支払うことを説明して申入れた。

(3) 右申入れを受けた原告は、右訴外人の言を信用し、そのころ漫然右訴外人に対し本件権利証を交付し、その後右訴外人の要求するまま順次数通の印鑑証明書及び委任状(委任状は原告の印章を押捺したのみのもの)を右訴外人に手渡した。その後、右各書類は訴外岩間より訴外川上の手を経て前記(二)のとおり被告に手渡されるに至ったものである。

(4) その後、右約定の三か月の期間が経過したが、同年七月ころ原告は、訴外岩間よりの申入れにより右権利証等の預入れの期間を三か月延長することを承諾し、右訴外人の求めによりあらためて印鑑証明書を渡した。そして、その後も三か月ごとに右訴外人の要望により預入期間が再三延長され、その間約定の謝礼金については金一〇〇万円を受領したのみであり、昭和四九年五月末ころ本件公正証書が送達され強制執行の手続が開始されるに及んで、原告ははじめて本件公正証書が作成され、原告が訴外ユニの被告に対する債務につき連帯保証契約を締結したものとされていることを知るに至った。

3  以上認定した事実によれば、原告はその所有の土地六筆を訴外岩間の友人の経営する会社すなわち訴外ユニの取引資金五〇〇〇万円の借入れのための担保として提供することを承諾し、その手続一切を訴外岩間に委ねたものと認めるのが相当である。しかしながら更に進んで、原告が右不動産を訴外ユニがすでに他に対して負担する金一億四〇〇〇万円もの借入金債務の担保として提供し、自らその連帯保証人となることを承諾し、その手続一切を訴外岩間に委ねたものとまで認めることはできず、ましていわんや原告が訴外ユニの被告に対する右借入金債務について連帯保証債務負担のための公正証書の作成嘱託手続を訴外岩間もしくはその他の何人にも委任したものと認めることはできない。この点に関し、被告代表者尋問の結果中には、被告会社の代表者である訴外林が訴外川上より本件権利証を受取った際、川上は林の面前で原告宅に電話をして原告の妻との間であらためて確認をとった趣旨の供述部分が見られるが、右供述自体によっても果して両者の間でいかなる内容の会話が交わされたものであるか明確ではなく、右供述部分をもって前記認定をくつがえすに足りる証拠とはなしがたい。また、同尋問の結果中には、訴外林が権利証を受取って一週間くらいしてから自ら直接原告に電話をして権利証差入れの事実について確認した旨の供述部分が見られるが、右供述によれば、林は「私が『川上さんから権利証と印鑑証明書四通、委任状四通を受取っていますが、間違いありませんか。』と聞いたら、原告は『間違いありません。』と言った。」というものであり、その際林は自己の氏名もしくは被告会社名を名のらなかったというのであるから、右程度の内容の会話で原告が権利証等を訴外岩間に手渡した意図が確認できたものと認めることはとうてい出来ない。さらに、被告代表者尋問の結果中には、本件公正証書が作成される直前の七月二三日ころ、林より原告に対して電話で公正証書の作成について確認を得た旨の供述部分が見られる。しかし、右供述によれば、林は原告に対し、「あなたの印鑑証明書、委任状で公正証書を作りますがよろしいですか。」と言ったところ、原告は「よろしくお願いします。」と応じたというのであり、その際も林は自己の氏名もしくは被告会社名を名のらなかったというのであって、右尋問の結果を子細に検討してみれば、林より原告に対して当該債務の内容について何ら具体的な説明がなされたものとは認めがたいところであって、原告本人尋問の結果に徴してみれば、仮に林より原告に対して右の電話がなされたものであったとしても、原告が本件公正証書の内容とされた債権債務関係を正確に了承したうえで公正証書の作成を承諾したものと認めることはとうてい出来ない。したがって、被告代表者尋問の結果中前記各供述部分をもって前記の認定をくつがえすことはできず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

4  以上の次第であるから、抗弁2のうち、原告が訴外岩間もしくはその他の第三者に対して被告主張のような代理権限を与えた事実はこれを認めるに由なく、したがって、右代理権限の存在を前提とする抗弁3も理由がなく、これを採用しがたい。

三  次に、抗弁4について検討する。

当裁判所は、前記二2(三)認定の訴外宮崎が原告の代理人として被告との間で締結した連帯保証契約及び本件公正証書の作成嘱託について、原告は民法一一〇条に基づく表見代理の責を負うものではないと解するので、以下その理由を述べる。

1  前記二3認定のとおり、原告はその所有する土地六筆を訴外ユニの取引資金五〇〇〇万円の借入れのための担保として提供することを承諾し、その手続一切を訴外岩間に委ねたものというのであるから、つまるところ原告は、右不動産について訴外ユニの右債務の担保として抵当権を設定するなどの行為についての代理権を訴外岩間もしくは同人を通じて訴外ユニによって選定された第三者に与えたものと認めるべきであり、右訴外人を通じ訴外ユニによって選定された訴外宮崎は、前記の限度において原告のための代理権限を有するものであるところ、同人はその権限の範囲をこえ原告の代理人として前記各行為をなしたものというべきである。

2  ところで、訴外宮崎が被告との間で前記連帯保証契約を締結し、また、公証人に本件公正証書作成の嘱託行為に及んだ際、被告は原告所有不動産についての本件権利証、数通の原告の印鑑証明書及び白紙委任状を訴外川上より受領していたものであることは前記二2(二)認定のとおりである。そして、《証拠省略》によれば、川上はその際被告会社代表者林に対して、原告は川上とは昵懇の間柄であり川上を信用しているし、義弟である岩間敏男が訴外ユニの重役であるから全面的に財産を委ねているものである旨説明し、林自らも権利証受領二、三日後に右岩間に電話で原告の権利証、印鑑証明書、委任状は間違いないものであることを確認し、さらにそのころ前記のとおり原告に対しても自ら電話をしているというのであるから、被告会社代表者林が訴外宮崎に前記代理権限あるものと信じたことは疑う余地はない。

3  そして、《証拠省略》によれば、被告は原告が郵便局長の地位にあることを知っており、原告がその職掌柄社会的常識もあり金融の途にも明るいものと考えていたことがうかがわれ、また被告は前記二2(二)認定のように訴外ユニに金員を貸付けるに際し、同会社の取締役である訴外岩間敏男の妻やその妹所有の不動産を担保として提供を受けていたが、それらについては右の担保差入れが本人の意に反してされたものであるなどという苦情が生じたこともなかったこと、本件権利証についても表示された不動産の所有者たる原告が右岩間の妻の兄に当たることも加わって訴外宮崎の代理権限の存在を信じたものと認められる。

しかしひるがえって見るに、《証拠省略》によれば、本件権利証は原告の自宅のある部分を除いた原告所有土地の大部分を含み、その地積は合計約一〇〇〇坪、被告の評価によれば、地上建物も含めて当時の時価にして約一〇億円とみられたこと、昭和四八年六月当時の訴外ユニの被告に対する借入金債務は前記認定のとおり元利合計金一億四四〇〇万円にも達していたが、訴外ユニは元金の支払はもとより同年四月ころよりは利息の支払も滞り、とうてい右借入金の支払の見とおしはつかない状況にあったこと、被告としてもこれを承知で本件権利証記載の不動産をもって訴外ユニの右債務の弁済にあてる意のもとに本件権利証の交付を受けたものであることが認められる。そうだとすれば、いかに原告が訴外岩間の義兄であるからといって右の状況下に右のごとき不動産を提供するがごときは特段の事情のないかぎり首肯しがたいと考えるのが通常であり、このことは被告が金融業を営むものであるかぎりなおさらである。したがって、被告としては直接に原告に対し訴外ユニの債務の内容、数額、支払状況、支払見込の有無などについて具体的正確に説明したうえで原告の担保提供の意の有無を確認すべき取引上の義務があったと解すべきである。しかるに、被告は何らそのようなことをすることなく、せいぜい原告に対し電話で自己の氏名を告げることもなく具体的内容についても告げることなく、紋切り型に権利証差入れの事実及び公正証書作成について確認を求めたにすぎないというのであるから、このような事実がなされたとしてもこれのみでは未だ充分に前記の確認の義務を尽くしたものということはできない。

4  そうだとすれば、被告会社代表者が訴外宮崎に前記の権限があるものと信じたことに正当の理由があるとすることはできず、原告は民法一一〇条に基づく表見代理の責を負ういわれはないものと解する(公正証書作成嘱託の代理行為について表見代理の法理の適用が肯定されるべきか否かについての判断はしばらく措き、その適用を肯定するとしても、上述した理由により、本件については原告は表見代理の責を負うものではない。)。

四  以上の次第であるから、前記被告の抗弁について理由のない以上、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求はすべて理由があるから正当としてこれを認容し、民事訴訟法八九条、五四五条、五四八条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 宇野栄一郎)

<以下省略>

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